文化・芸術

2011年11月25日 (金)

【アートレビュー】プラド美術館所蔵 ゴヤ 光と影

40年ぶりに日本で公開されている「着衣のマハ」は、先日の「美の巨人たち」でも紹介されていました。40年前はセットで公開された「裸のマハ」は、残念ながら観ることはできません。とはいえ、震災以降は展覧会の中止も少なくなかったことを思えば、スペイン政府とプラド美術館に感謝です。とにかく、国立西洋美術館で開催中の「プラド美術館所蔵 ゴヤ 光と影」へ。

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西洋絵画は、宗教や神話に関する寓意を理解していないと楽しめないところがあります。マハも元々はビィーナスと呼ばれていたそうなので、何らかの背景があるのかもしれません。でも、そんなことを超越するようなマハの視線を感じました。

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2011年11月20日 (日)

【アートレビュー】法然と親鸞 ゆかりの名宝

昨日、東京国立博物館での「法然と親鸞 ゆかりの名宝」に行ってきました。土砂降りだというのに、結構な人出でした。

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今年は法然没後800回忌、 親鸞没後750回忌ということで多くのイベントが企画されていますが、法然と親鸞ゆかりの名宝を一堂に集めた今回の展覧会は貴重なものといえるでしょう。

浄土宗、浄土真宗それぞれ宗祖である二人の考え方は、法然が「念仏為本」、親鸞が「信心為本」といわれています。しかし、両者にそれほどの違いがあるわけではなかったようで、それは展示の中にあった絵伝「信行両座」が伝えています。親鸞が一門に、往生するためには「信=信心」と「行=念仏」のどちらが重要なのか、問うたのに対し、親鸞はじめ数名が「信」の座に着いたのですが、大方はどちらに座ろうか迷っていたところ、法然も「信」の座に着いたというエピソードです。もっとも浄土真宗側の絵伝のようではありますが。

「法然 生涯と芸術」で展示されていた法然上人絵伝(法然上人行状絵図)をはじめ、多くの絵伝が展示されています。文字は読めなくとも、ビジュアルによって多くのことが伝わってきます。これは、現代のプレゼンと一緒ですね。

企画段階ではまさか大震災に見舞われるとは思いもしなかったでしょうが、二人が生きた末法の世といわれた混乱の時代と現代には通じるものがありそうです。どう生きていくか、真剣に考えることも必要な気がします。

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2011年11月 3日 (木)

【アートレビュー】長谷川等伯と狩野派

本日は文化の日、出光美術館で開催中の「長谷川等伯と狩野派」展へ。

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昨年から「没後400年 特別展 長谷川等伯」「【アートレビュー】楓図桜図」など等伯に接する機会がありました。それと比較すると、今回は等伯の作品としては必ずしもメジャーなものはないかもしれません。ただ、狩野派と対比することで興味深いものになっていました。政治的には対立する関係にあった長谷川派と狩野派ですが、親近する絵画表現がありました。互いに影響することで芸術性を高めていったことがわかりました。

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2011年7月28日 (木)

【アートレビュー】空海と密教美術展

20日より東京国立博物館にて開催中の「空海と密教美術展」に行ってきました。

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空海が唐から日本に伝えた密教の教えは、絵画などを用いなければ理解できないということから、造形作品が重視されるそうです。そんななかで、この展覧会は、国宝または重要文化財が98.9%を占めるという名品揃いです。ただ、一番貴重だったのは、数少ない国宝でも、重要文化財でもない作品である「金念珠」かもしれません。空海が在唐中に順宗皇帝から贈られたとの伝えを持つ純金製の念珠で、今月30日まで限定展示でした。

”この夏、マンダラのパワーを浴びる。”ということで曼荼羅(マンダラ)がテーマで、メインは東寺の仏像曼荼羅でした。

東寺講堂には大日如来を中心に21体の仏像が安置されています。規則性をもって群像が配置される様子は、まさに「立体曼荼羅」とよぶにふさわしいものです。空海が承和6年(839)の完成を見ることはできませんでしたが、尊像の選択と配置には空海の思想が反映されています。諸像は、奈良時代に東大寺などで活躍したのと同系統の工房によって製作されました。乾漆を併用する技法にその伝統がうかがえる一方、しなやかで肉感的な身体表現は、空海が請来した曼荼羅の尊像にみられる新しい表現です。本展では、その内の国宝8体による仏像曼荼羅が出現します。

東寺講堂は、仏像のオールスターとのイメージで何度も拝観していました。でも、その背景はまったく知りませんでした。もっとも、今でも「曼荼羅とは何か」説明できませんが。。。

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2011年6月30日 (木)

【アートレビュー】ワシントン・ナショナル・ギャラリー展~印象派・ポスト印象派 奇跡のコレクション

先週末、テレビ放映された美の巨人たちは、モネ「日傘の女」の特集でした。モネは「日傘の女」を3点描いており、その最初の作品『日傘の女性、モネ夫人と息子』(テレビでは『散歩、日傘をさす女』と紹介していました)が、現在開催されている「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展~印象派・ポスト印象派 奇跡のコレクション」で展示されています。日傘を手に草原に佇む女性は妻カミーユ、隣の少年は息子ジャンだそうです。残りの2点の「日傘の女」はカミーユの死後に描かれていますが、モデルは明確ではなく、なにより表情がありません。顔がはっきりと描かれてないのは、亡き妻への想いとか、風景に人物を溶け込ませる手法だとか、などといわれています。でも、表情の分かる本作が、モネの家族への愛情が感じられて、一番素敵な気がします。

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『日傘の女性、モネ夫人と息子』は、ワシントン・ナショナル・ギャラリーの「常設コレクション作品」の1点だそうです。「常設コレクション作品」は、12点以上一度に館を離れてはならないという不文律があるそうですが、今回は9点の「常設コレクション作品」が出展されています。そういう意味では、“奇跡のコレクション”といってもいいのかもしれません。

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2011年6月12日 (日)

【アートレビュー】特別展「五百羅漢 増上寺秘蔵の仏画 幕末の絵師 狩野一信」

法然 生涯と芸術」で知恩院所蔵の「法然上人絵伝」が公開されたのと同様に法然上人八百年御忌で特別展「五百羅漢 増上寺秘蔵の仏画 幕末の絵師 狩野一信」が開催されています。

羅漢とは、釈迦の弟子として、すでにこの世にいない釈迦の残した法を求め、それを悟ったものをいうそうです。確かに羅漢図や羅漢像を各地のお寺でこれまでにも見る機会がありました。しかし、1幅に5人ずつ、計500人の五百羅漢を100幅に描いた作品は空前絶後のようです。1幅1幅がそれぞれインパクトのある図柄であり、しかも150年前そのままの極彩色が目に飛び込んできます。それが100幅一堂に会する迫力には圧倒されます。

狩野一信という絵師のことは、知りませんでした。約10年の歳月を五百羅漢図の制作に費やしながら、鬱病を病み、描き終えることなく亡くなっています。何かに取りつかれてしまったのかもしれません。妻や弟子が補って完成させ、増上寺に奉納されたのですが、一信の願いは叶ったのでしょうか?

宗教画の側面でだけでなく、西洋に学んだ陰影法、遠近法による美術の要素と庶民にも分かりやすく描いた娯楽的な要素が一体になっています。一角獣の耳掃除をする羅漢の姿はとてもユーモラスな感じがします。Gohyakurakan_2 

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2011年5月22日 (日)

【アートレビュー】写楽[特別展]

先日19日、写楽[特別展]を観てきましたが、平日というのに凄い人出でした。天気が良かったこともありますが、写楽作品を殆ど網羅しており、空前絶後との惹句にひかれたのでしょうか?

寛政6年(1794年)5月、江戸大芝居三座に取材した豪華な大判雲母摺りの役者大首絵28図を一度に出版し、華やかにデビューを果たした東洲斎写楽。翌年正月に忽然と姿を消すこととなりますが、その約10ヶ月(寛政6年は、閏11月が含まれます)の間に、写楽は140図以上の版画を残しました。
それらの作品は、題材となった歌舞伎の上演時期により、制作時期が四期に分けられています。
本展覧会では、約百四十図、約百七十枚の作品によって、写楽版画の全貌を紹介します。

この展覧会の展示は非常に分かりやすく工夫されており、そのポイントは比較でした。写楽の第一期から第四期までの比較、同じ役者を描いた他の浮世絵師ライバルとの比較、初刷りと後刷りなど版の違いによる比較、など。。。まさに一目瞭然でした。

特に、いかにも写楽らしい第一期の役者大首絵28図のインパクトと第二期以降の印象の薄さの対比には驚かされます。なぜ次から次に画風を変えたのか、なぜ10か月で表舞台から姿を消したのか、写楽の謎とされるところです。

写楽らしさは、デフォルメにあると感じていましたが、実はリアリティを求めていたようです。他の浮世絵師の役者絵はブロマイドのようなきれいさを求めているのに対し、写楽は舞台の一瞬をありのままに切り取っていたのです。写楽の作品として最も馴染み深い作品といえる「三代目大谷鬼次の江戸兵衛(左側)」は、「恋女房染分手綱(こいにょうぼうそめわけたづな)」の一場面を描いたものです。その場面で対峙する「初代市川男女蔵の奴一平(右側)」を並べると、芝居の緊張感が伝わってくるようです。写楽のそのリアリティは、必ずしも受け入れられなかったのかもしれません。

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2011年5月 6日 (金)

【アートレビュー】楓図桜図

京都国立博物館の近くにある智積院。観光的にはメジャーなお寺ではないのですが、実家が檀家となっている地元のお寺の総本山なので、昔から名前は知っていました。その智積院に長谷川等伯の障壁画が所蔵されていると知ったのは最近のことで、今回が2回目の訪問です。

昨年90分行列に並んだ没後400年特別展「長谷川等伯」に展示されていた「楓図」「松に秋草図」(いずれも国宝)をゆっくりと堪能することができました。等伯もう一つの国宝「松林図屏風」はありませんが、子息・久蔵の「桜図」(これもまた国宝)が「楓図」に並べられています。

意外と身近なところに、お宝が隠れているのかもしれません。

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【アートレビュー】法然 生涯と芸術

松尾寺成相寺に参拝した翌日は、京都国立博物館へ。西国三十三所巡りと並ぶ、今回の旅行の目的であった法然上人八百回忌 特別展覧会 「法然 生涯と美術」を観てきました。信仰しているわけではないのですが、知恩院所蔵の国宝「法然上人絵伝」が公開される、ということで遥々京都まで行ったわけです。全48巻をつなげると全長584メートルにわたり、絵巻としては日本最長(世界最長?)とも言われています。48巻のうち、部分的にですが、3分の1ほどが展示されていました。

法然の教えは、厳しい修行を積まなくとも、一心に「南無阿弥陀仏」と唱えれば極楽往生できる、というわかりやすいものです。それを法然の生涯を絵伝にすることで、一層わかりやすく伝えています。文字の部分は殆ど読めませんが、十分に内容を理解することができます。

合掌し念仏を唱えながら80年の生涯を閉じようとする法然を、西の空から現れた阿弥陀三尊が光明を照らす情景は、法然の教えそのものなのでしょう。
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2011年4月16日 (土)

【アートレビュー】レンブラント 光の探求/闇の誘惑

一昨日、暖かい陽気に誘われ、 上野公園の国立西洋美術館へ「レンブラント 光の探求/闇の誘惑」を観にいってきました。本日の日経の最終面に載っていたように、震災以降は海外の美術品が日本に来ない状況になっているようです。そんな中でレンブラント作品が100点以上も集まるなんて、貴重な展覧会です。ただ、版画や素描が主体でしたので、昨年の「ボストン美術館展~西洋絵画の巨匠たち」での作品ほどのインパクトはありませんでした。

素人の感想を一言で言えば、「レンブラントは絵がうまい」です。当たり前といえ、有名な画家だからといって、正確なデッサンとは限りません(意図的なデフォルメという意味ではなく)。その点、レンブラントの作品は正確で、そして精緻です。

そしてレンブラントいえば「光」ですが、今回気づいたことがあります。一つは、副題「光の探求/闇の誘惑」にある通り、闇があるから光が輝くこと。そしてもう一つは、レンブラント作品の光は太陽の光や照明の光によって照らされているのではなく、対象である人物自体が発行体のごとく輝いていること。

「光と影の魔術師」「明暗の巨匠」との呼称も納得です。

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